題:「金魚が野生にかえる日」 扇町高校 1年 H.Aさん(女子)
男と女が少し離れた場所にいる。
女 ねぇ、もう寝た?
男 ・・・・・・。
女 ねぇ。
男 寝てたら返事はできないよ。だから、もう寝た。
女 今、返事してるじゃない。
男 でも、もう寝た。
女 何でそんなこと言うの?
男 君こそ何で僕のこと見ているの?そこからは、僕の姿はゆがんで見えるんでしょう?
女 見ていたいからだよ。
男 暇なんだね。
女 見ていたいからだよ。ゆがんでなければもっといい。君もこっちへおいでよ。
男 無理だよ。僕はここでしか生きられない。
女 おいでよ。
男 無理だよ。
女 おいでよ。
男 無理だって。僕はもう寝るんだよ、あっちへ行って。
女 ・・・・・・そう。分かった。じゃあ、おやすみ。また明日。
女、出て行く。
男 また明日。ごめんね。ごめんなさい。今なら言えるんです。君を見ると、喋れなくなるんです。
この水がなければ、きっと言えるんです、このガラスがなければ、きっと僕の姿はゆがんで
みえない・・・。
男、ガラスの向こうへ行こうとする。
行こうとし続ける。
女、出てくる。
女 何してるの?
男 何でもないよ。
女 ・・・・・・そう。
男、ガラスの向こうへ行こうとし続ける。
女 何で、こっちへ来ようとしているの?
男 何でもないって言ってるでしょ。
女 ・・・・・・そう。
男、ガラスの向こうへ行こうとし続ける。
女 ねぇ・・・。
男 何でもないってば!
女 ・・・・・・そう。
女、出て行く。
男、ガラスの向こうへ行こうとし続ける。
男、女がいないことに気づく。
男 ねぇ。ねぇ。もう僕のことを嫌いになった?僕の姿がゆがんでいるから?
返事は無い。
男 ねぇ。僕は君のためにそっちへ行こうとしていたんだよ。それなのに、何で君はそっちにいないの?
君に会いたいんだよ。
女、出てくる。
女 いるよ。今、会ってるよ。
男 でも、今君が会っている僕は本当の僕じゃない。ゆがんでいる僕だ。
女 ごめんね。私は君が好きなの。
男 うん。だから行くんだよ。
女 ううん。違うよ。確かに、このガラスがあれば、手をつなぐこともできないし、抱きしめあう
こともできない。でも、それでもいいの。「好き」ってそれでいいんだよ。
男 違うよ。
女 いいんだよ。
男 違うよ。
女 いいんだよ。
男 違うって。僕はそっちへ行くんだよ。だから待っててよ。寝ながらでもいいから。
女 ・・・・・・そう。分かった。じゃあ、おやすみ。また明日。
男 おやすみ。また明日。
女、出て行く。
男 気がつけば、世界はあくびをしていた。そして、寝ながら待つのです。明日が来るのを。
明日が来るのを。
男、ガラスの向こうへ行こうとし続ける。
コメント:
・この話、金魚ではなく人間のまま男女の微妙なズレやガラス、ゆがみというのを活かして
書いてみた方が面白くなるのでは。
・プロローグとしてこの場面を使い、次に人間の男女の関係を現実のドラマとしてつくり、
またラストで金魚と人間の関係を示す、というような構成も考えられます。
・金魚の扱い方に工夫が必要。人間(女)との違いを出さないと。
・ずっと見られ続けていた金魚が、飼い主の女に恋をする。金魚鉢によって「歪んだ」姿の
自分は本当の自分ではないと言う。だとするなら、女もガラスごしに同じように「歪んで」いる
のでは?ともあれ、許されない恋、ありえない恋の物語は、それ自体がドラマチックなので、
描写は作者の粘り強い観察力によってさらに深めることが可能です。カフカの「変身」は
虫になったザムザの変化を描いていますが、この作品は金魚と女と両方の視点から描くことが
可能で、それを徹底させることによって、「気がつけば世界はあくびをしていた」というテーゼを
本当に鋭い世界への斬り口へと発展させることができるのではないでしょうか。
とても面白く読ませてもらいました。