題:「兄まん」  金蘭会高校 2年 Y.Nさん(女子)

 

緑 小さいころはよく家族で食卓をかこんだ。

  みんなで食べればどんな料理でもおいしくて楽しかったけど、中でも兄の好きな“豚まん”を

  食べるときは、格別だった。“豚まん”が机の上に置かれたときの兄の笑顔は今も覚えてる。

  父も兄も楽しそうだった。もちろん私も・・・

 

リビングの風景。

  テーブルにいす4つ。テーブルの上には豚まんが3つと、「湿して食べてね。今日も遅くなると思

  うので戸締りをきっちりして先に寝てなさい。」という走り書きの置き手紙が置いてある。

  この家の長女・緑がポツンと立っている。

 

緑 「また豚まんかよ。・・・兄は高校卒業後、何が気に入らないのか勝手にグレて出て行った。

  それからはや1年。父も母も兄がいなくなって相当さみしいのか、それはもう豚まんばっかり。

  豚まんばっかり食べてる。豚まん食べてれば兄が帰ってくるとでも思っているのだろうか。」

 

  とりあえず豚まんを食べる。時間が過ぎていく。

父 「ただいまー。」

緑 「え?!今日遅くなるんじゃなかったの?」

父 「ああ。それは母さんだろ。父さんは今日は早く仕事が終わったから。・・・」

緑 「そっか・・・。おかえり。」

緑にスポット

緑 「どうしても連絡を取り合わないのか!!父も母も兄のことがあってから本当におかしい。

  会話も減ったし。勝手に出て行ったのは兄なのに。どうしてここまで気にかける?!」

 

父 「なぁ緑―。豚まんは?」

緑 「普通『ごはんは?』って聞かない?」

父 「・・・うん。なぁ、豚まんは?」

緑 「・・・冷蔵庫にあと4つ残ってたよ。」

父 「・・・そっかぁ。・・・あ、ビール飲も。」

父キッチンに消える。緑にスポット。

緑 「我が家の冷蔵庫はいつからか豚まん入れみたいになってしまっている・・・。父も母もおかしい。

  私はまたみんなでご飯食べたりしたいし、何より豚まん以外の物を食べたい。

  ・・・前1回どうしても豚まん以外の物を食べたくて帰りにファーストフードを食べて帰ったら

  母にものすごく発狂された。・・・もうこんな目には遭いたくないから我慢して食べ続けてる、

  豚まん。だから、決心したんだ!今日こそケリをつけるって。

  今日こそ我が家の異常事態を終わらせるんだって!!!」

父戻ってきている。ビールを飲みながら豚まんをほおばっている。

 

父 「緑まだ寝ないのか?もう12時まわってるぞ。明日学校だろ?」

緑 「私お母さん待つから。・・・大事な話があるんだ。お父さんも寝ないでね。」

父 「大事な話?一体何(途中で)」

母 「ただいま。あらまだ寝てなかったの?

緑 「おかえり。」

母 「豚まんちゃんと食べた?」

緑 「食べたよ。」

母 「あなたも食(べた?)」途中で。

緑 「お父さんもちゃんと食べてた。」

母 「・・・そう。どしたの緑、何かあったの?」

緑 「お母さん。何でおとうさんとちゃんと連絡取り合わないの?何で豚万ばっかりなの?!」

母 「はぁ?何言ってるのよ。」

緑 「あの置き手紙。あんな書き方じゃ2人とも遅くなるみたいじゃん。

  豚まんはいつものことだし!どうしてあれからずっと豚まんなの?!」

母 「・・・お父さんの予定なんて聞いたことないもの。連絡とってないわけじゃないけど、

  事務的なことしか話さないし、大体この人ケータイなんてほとんど見てないんじゃない?

  返ってきたことなんてほぼないわよ。・・・あのことって何よ。」(未完)

 

ここからあらすじで書かせていただきます。すいません。なんかこの後、兄がいきなり

帰ってきて謝ります。なんか兄は、あんまり怒られたこととかがなかったので、

(それは優秀だからやけど)怒られてばっかの妹・緑をちょっとうらやましく思ってて、

家にいることに孤独を感じて出て行ってました。父母は、賢い息子が、今まで反抗とか

したことなかったのに出て行ってしまってさみしくて息子の好きなもの食べて、

息子を思い出して心の救いにしてた・・・。みたいな感じで最終的に家族が食卓囲んで

終わり、みたいな。すいません。

 

コメント 崩壊した家族が「豚まん」という表れになるところは面白いが

それを説明してしまっている。もっと説明せずにシーンにして異様な「豚まん」が

シンボル化する方が面白い、単純に和解させないでもっと問い詰めたほうがいい。

突然出て行った優秀な兄、その喪失感で「崩壊」した家族、つなぎとめるのは兄を

中心に安定していた日々の豚まん、それを「兄まん」とタイトルにもってくるセンス、

どれもとても興味深く、面白く読ませて頂きました。その状況の端々が、丁寧に描かれる

だけでこの「家族」が明らかになります。その喪失感も伝わってきます。だから、そこは

じっと観察して、すれ違っているところ、重なり合わない部分が何かだけを、登場人物の

会話のきしみの中だけで描いてほしいと思います。つまり、「緑」が説明をしたり、

感情に流されないようにしてほしいと思うのです。そして今後の兄帰る、ですが、

それは本当に「復活」なのか、崩壊は解消したのか、いっそう増幅するものはないのか、

見せかけの「復活」がこの家族に与えるものは何なのか、しっかりと考え抜き、観察の視点を貫いて、

「最後の食卓」まで書き上げてほしいと思います。家族は既に崩壊した儀式である、と見抜いた

劇作家別役実さんの作品とは異なるタッチで「兄まん」が上演されるのを本当に心待ちにしています。

なお、「発狂」というのは、ほかの言葉で表現したほうがいいでしょう。